かつて冒険者たちが命がけで目指した南極大陸は、今や一般の旅行者が訪れる地となりました。南米大陸と南極半島の間に広がるドレーク海峡を、航空機で軽々と越え、日常から遠く離れ、快適なクルーズ船に滞在しながら旅した極地の世界は、想像をはるかに超えていました。南極クルーズとはいかなるものか、2023年1月のツアーに添乗した山内亜美がお伝えします。
この南極クルーズでは、船であれば2日を要し「荒れる海」として知られるドレーク海峡を、快適な航空機を利用してわずか2時間で通過できることが大きな魅力です。機内で昼食を済ませ、用意されたパルカ(防水性の防寒服)と防水パンツを着込み、防水ブーツを履いて到着に備えます。南極の入り口となるキングジョージ島に到着後、すぐに小型バスで海岸へ。待機しているゾディアック(強化ゴムボート)で、真っ白な船体のシルバー・エンデバーに向かいます。
クルーズツアーの添乗を何度も経験しましたが、そのなかでもこの船はラグジュアリー感がありながらも大きすぎず、心地良く快適に過ごせる客船でした。客室は全室スイートで窓が大きく広々としています。寝心地の良いベッドはもちろん、十分な収納スペースと、乾燥機能付きのクローゼットもあります。浴室にバスタブはありませんでしたが、広さに余裕があり、椅子に腰かけてシャワーを使えました。全室バトラー付きで、ルームサービスの手配などさまざまな事を頼めます。クルーと乗客定員の人数比率は1対1以上という贅沢さ。手厚いサービスが受けられるのも魅力です。
レストランは、フルコースディナーが楽しめるメインレストランのほか、ビュッフェレストランやカフェなどがあり、混み合うことなく、質の高さは極地でも変わりません。観光の都合で帰船時間が遅くなった日も、問題なくゆっくりとお食事を楽しめました。
南極では、基本的に午前と午後のそれぞれ約2時間の観光に出かけます。観光内容は主にゾディアックで海上から壮大な景観を楽しむことと、上陸して動物などを間近に眺めることの2種類です。午前中だけ観光し、午後は船でゆっくりするなど、気分や体調に合わせて自由にお過ごしいただけます。1月は南極の真夏。最高気温は平均で5度程度まで上がり、最低気温も氷点下まで下がらない日も少なくありませんでした。パルカなど防寒着が用意されているため、持っていく衣類も国内で着ている通常の冬服程度で十分でした。
ゾディアックで海に繰り出し、青い海に浮かぶグレーシャー・ブルーの巨大な氷山や、白銀の断崖がそびえ立つ海峡など、そのスケールの大きさや美しさに日々圧倒されます。意外なことに、南極は白と青の世界だけではありません。火山島のデセプション島では茶色の地表が見えていました。
もちろん、ペンギンやアザラシなど動物たちとの出あいも、極地ならではの楽しみです。南極上陸に際してはルールがあり、上陸の前後に靴底を消毒し、「南極には何も持ち込まない・持ち出さない」ことが徹底されています。動物とは最低でも五メートル以上離れなければいけません。上陸の際はスタッフがあらかじめ観光する場所を確認して、安全な上陸ルートを確保します。そのルートに沿って歩きながらペンギンのコロニーなどを見学しました。スタッフが上陸予定場所にアザラシが予想以上に多くいて危険と判断し、予定を変更することもありました。
南極には想像以上に多くの動物がいることに驚きました。アザラシやペンギン、渡り鳥もたくさん生息しています。クジラの姿も見かけました。このクルーズでは、目にするすべての風景が非日常でした。晴天、曇天、雨など、天候は1日のなかでも変わることが多く、風景の印象も刻々と変化していきます。夏のこの時期ならではの、ほぼ日が沈まない夜も経験しました。予想を超えた風景が見られることへの期待は、日に日に大きくなっていきます。南極の景色は見飽きることがありません。
ある日の観光で、海上に浮かんだゾディアックから風景を眺めていると、数名のスタッフが乗り込んだ別のゾディアックがスーッと近づいてきました。「どうしたのだろう?」と思っていると、乗客たち1人ひとりに温かいココアやシャンパンなどの飲み物を配りはじめたのです。このサプライズサービスはうれしい驚きでした。
南極クルーズ自体は以前からありましたが、シルバー・エンデバーでは、これまでとは格段に違うラグジュアリーな南極観光が楽しめると実感しました。地球上でも特別な場所で特別な体験をしているのに、不便なことは何もありません。この南極クルーズのすばらしさを、ぜひ多くのお客さまに体験いただきたいと思います。