うねるように連なる牧草地、岩山に悠然とそびえる城、霧に煙る湖と石造りの家。イギリスの景色には、自然に人がていねいに手を入れたことで生まれる独特の美しさがあります。この国が魔法使いや妖精たちの物語を多く生み出してきたゆえんは、この風景にあるのかもしれません。そんな独特の風景をひときわ色濃く有しているのがスコットランドです。
なかでも、荒々しい山々、深い谷に静かな水をたたえる湖など神秘的な景観の広がる北部のハイランド地方は、ファンタジー作品をはじめ、数々の映像作品に登場してきました。たとえば、渓谷の緑を背景に、白い蒸気を吐きながら、美しく弧を描く高架橋を進む機関車の光景。どこかで目にしたことはありませんか?
実はこの列車、魔法使いの世界を描いたファンタジー映画『ハリー・ポッター』シリーズでは、「ホグワーツ特急」としてファンにはお馴染みのもの。主人公のハリーたちが乗り込む魔法魔術学校行きの列車です。現実世界では、人気の観光列車「ジャコバイト号」として、西ハイランドの2つの街、フォート・ウィリアムとマレイグの間を片道約2時間で往復していますが、車窓を流れるのは、あたかもその先に魔法学校があるかのような幻想的な景観。深緑の山々と静寂の入り江や湖が織り成す光景を眺めていると、この場所が撮影地に選ばれたことに大いに合点がいきます。
大きな樹木が育たず、岩がちなハイランド地方は、もともと肥沃な土地ではありませんでした。この土地の人々の佇まいに、ある種の誇りと頑固さが感じられるのは、こうした土地柄と無縁ではないかもしれません。厳しい自然と、そこで生き抜く人々が生み出したものの1つがモルトウイスキーです。蒸留所を訪ねれば、個性的な香り付けに欠かせないピート(泥炭)1つにも強いこだわりがあることを肌で感じられることでしょう。ハイランドには、悲しい過去の記憶を静かに包み込む自然もあります。壮大な渓谷グレンコーに降り立てば、かつてここで繰り広げられた壮絶な戦いに想いを馳せずにいられません。
夏目漱石がロンドン留学中、休暇で訪れたのはハイランドの小さな街ピトロッホリーでした。異国の都会で心を病んだ漱石は、ここで大いなる癒しを得たのでしょう。小品集『永日小品』に『昔』というタイトルでこの街の情景を詩情豊かに書き残しています。そのほか、イギリス最高峰ベン・ネヴィス山の荒涼とした風景など、日本とは異質の神秘の景観はハイランド各地に広がっています。まさに魔法の国に迷い込んだかのような気配にしばし身を委ねるのも旅の醍醐味ではないでしょうか。
一方、首都エジンバラや、スコットランド最大の人口を擁するグラスゴーがあるのは、南部のローランド地方です。ハイランドとは趣を異にする都会ながら、物語を想起させる空気はそこかしこに。J・K・ローリングが「ハリー・ポッター」シリーズ第1作目を書き綴ったのもエジンバラ城を望むカフェでした。年間を通して多彩な催しが行われるエジンバラは、フェスティバル・シティとも呼ばれます。なかでも8月の人気イベント「ミリタリー・タトゥ」開催中は、バグパイプをはじめとする演奏や踊りが繰り広げられ、街は大いに華やぎます。
今夏のイギリスの旅では、全12日間の行程中、5日間をかけて、ハイランドを中心にスコットランドをじっくりめぐります。この機会に、物語をつむぐ美しき国をじっくり味わってみてはいかがでしょうか。