島国ニッポン。本土周りには多くの島が存在しますが、そこに橋が架かるだけで陸続きに感じさせるから不思議なものです。しかしながら、船が島に近づいたり、離れたりする時のある種の高揚感が好きで、今回フェリーで淡路島へ。実は、地方創生で賑わいを見せる淡路島に、本土から働きに来る若者の多くがそうしていると聞いたのもその理由なのですが、港からスタートした淡路島は、以前車で訪れた時とは異なる趣がありました。明石の港から明石海峡大橋を横に見ながら、そして壮大な橋下を通過しながらの13分、想像通り気分が高ぶるなか、岩屋港に到着しました。
潮の香りを鼻先に感じながら、島に到着してすぐ向かったのは緑に覆われる県立の淡路島公園です。東京ドーム26個分という広大な敷地には近年テーマパークがつくられ、本土からの多くの観光客で賑わっています。
その森の奥に佇むのが、昨年完成した全室独立型のヴィラホテル「GRAND CHARIOT(グランシャリオ)北斗七星135°」。今回の視察はここからはじまりました。
ホテルからは県立公園の緑の森が一望にでき、敷地の奥には明石大橋や明石、神戸の町、そして関西空港まで望む小さな展望デッキが備えられています。客室はぬくもりのある木造りで、天井が高く、天窓から朝陽が差し込む設計。お風呂もヒノキ造りで、広めのバスタブでのんびり寛ぐことができました。
ロビーのテーブルや椅子などの調度品は、オーナーがインドネシアやイタリアから買い付けたものだそう。光沢があって、曲線が美しく、座るのが勿体ないほど。ここはレストラン棟ともつながっていて、広いウッドデッキには爽やかな風が吹いています。私が訪ねたのも残暑厳しい9月初旬でしたが、案内されたテラスでの朝食は大変心地良く、緑の淡路島を居ながらにして満喫することができました。
アメリカ西海岸、イタリア南西部アマルフィ海岸など、太陽が降り注ぐイメージの海岸線は多くありますが、日本ではその地形のためか、「西海岸」という響きはいま1つピンときません。正直申しあげますと、私も淡路島に海岸線のイメージは持ち合わせていませんでした。
岩屋港から南へ下る淡路サンセットラインは、播磨灘の碧く輝く水面を眺める海岸線が続きます。両側にはお洒落なカフェやレストランが並び、遠くには小豆島のシルエットも望めます。
砂浜や断崖の奇景が続くわけではありませんが、オーシャンテラスや海辺の白い家、クラフトショップや雑貨屋などが軒を連ね、それらにカラフルなビーチフードやドリンクが加わると、ちょっとした海外のリゾートを思わせます。沈みゆく夕日を眺めるスポットがたくさんある“ニッポンの西海岸”を淡路島で発見しました。
島ということもあり、海の幸はもちろん美味。瀬戸内海の客船「ガンツウ」に入っている寿司カウンターも淡路島の寿司屋「亙(のぶ)」の「坂本亙生さんが監修しています。淡路島のウニは日本一ともいわれますが、なかでも由良(洲本)の磯で、海草や藻を食べて育つ由良産の赤ウニは最高級とされています。日本人ほどウニを食す民族はいないといわれますが、外国産や北海道産が多いなか、希少な由良産のウニはぜひ食してほしい逸品です。溶けてしまうので早めに、と言われ口にしたウニは苦みがなく、甘くて口のなかでとろけていきました。
また、肉好きにはたまらない島の逸品も。「グランシャリオ」で試食した淡路ビーフは純血の但馬和牛です。淡路和牛とは異なり、最高級のブランド牛で、年間150頭程度の供給量とのこと。ちなみに「グランシャリオ」でお出しするすき焼きは、由良産の赤ウニを淡路ビーフでくるんで食べていただくスタイルがおすすめとか。淡路島が奏でる食材の横綱の共演は、口のなかにちょっとした罪悪感すら広がる気さえしました(笑)。
日本が抱える大きな課題の1つに、少子高齢化による社会構造の変化が挙げられて久しいですが、特に地方では、それが顕著に現れてきており、そのなかで淡路島は、独自の「地域創生」に取り組んできました。
もともと本土、それも都市部に近いという稀有な島でもあり、かつ四方を海に囲まれ、また、雨も少なく気候も温暖、そして緑豊かな森が海から数分のところに広がるという贅沢なロケーションの島ですが、それでも島からの人口流出は止まらず、過疎化に歯止めがかからなかったといいます。
淡路島は少し前から、大手企業と組んで農業の活性化を目指す事業や、遊休資産を活用した観光施設の運営などに取り組んできました。また、コロナ禍においても、追い詰められた飲食業の人々のためにコンテナを集め、シーサイドに飲食店スペースを提供するなど、その動きは今も活発です。先日訪れた際も、その「淡路シェフガーデン」は賑わいを見せていました。
そのほかにも、廃校となった旧・野島小学校をリノベーションした「のじまスコーラ」は、自然やアートを満喫できるほか、カフェやマルシェ、ベーカリーを含む施設に生まれ変わりました。この廃校の2階には、山形は庄内のレストラン「アル・ケッチァーノ」の奥田シェフがプロデュースするお店も入り、海沿いの小学校というのどかな環境のなかで、少しピリッとした雰囲気のイタリア料理を提供しています。
そんな淡路島創生プロジェクトの代表格といえるのが、「青海波」です。和洋2つのレストランと古酒の館、それに劇場を備えた4つの複合施設は、どこもコロナ禍のディスタンスに配慮した設計。どうやらコロナ前からはじまっていたという建築ですので、建築家先生の先見(?)だったようですが、なかでも海を望む和食レストラン「青の舎(あおのや)」は大学の講堂を思わせるつくりで、どの席からも海を望むことができます。また、アンティーク食器や家具をあしらい、レトロな雰囲気を醸し出す「海の舎(うみのや)」は洋食のレストランで、どちらのレストランも海山の幸を楽しめるようになっています。
珍しいのが「古酒の舎(こしゅのや)」です。古来、日本にはお酒を長期熟成させ、時を経た味と香りを楽しむ文化がありました。江戸の頃までは新酒よりも古酒を愛でるという粋な酒文化が存在していましたが、その後、熟成を手がける酒蔵は激減したといいます。今はやや復興していますが、近年の日本酒ブームでも地酒や吟醸など新種が流行りで、古酒の酒蔵は大変珍しい存在。そんな古酒のヴィンテージを集めたのが「古酒の舎」です。ヴィンテージ酒は、流通する新種に比べて、出あえること自体が稀で、その確率は10万分の1しかないともいわれます。日本全国から集められた古酒のいわば「コレクション」をご覧いただけます(購入も可能)。
試飲をしましたが、香りがよく、日本酒にブランデーを少し落としたような深みのある味と、バーカウンター越しの海の色を映し出すグラスのなかの淡い色が美しく、古酒の旨味を一層引き出してくれました。日本酒が得意でない方も、梅酒、焼酎の古酒もあります。たとえば古酒梅酒のロックなら軽く味わえると思いますので、ぜひお試しください。
そしてこの複合施設のもう1つの目玉が、劇場「波乗亭」です。播磨灘の海をバックにできるほかにはない小劇場は、舞台から一番後ろの席までも15メートルほど。演者の表情だけでなく、息吹までが伝わってくる催しになることでしょう。
このたびご紹介した淡路島は、すべて島北部の西海岸エリアです。
ここだけでも見どころが多く、今回淡路島に1日しか時間を取らなかったことを後悔しました。ほかにも立ち寄りたくなる場所や施設が多くあり、これらをぐっとこらえて、また南淡路まで足を延ばすことは叶わず、新神戸駅に向かいました。そうです、帰路はフェリーを諦め、高速道路を使い、僅か30分で……。