[ WEB限定特集② ]

講師同行で、どなたにも満喫いただける歴史旅

渋沢栄一が仕えた
徳川慶喜の人生を辿る
水戸藩ゆかりの地と
駿府の史跡へ

企画=森脇潤 文=浅見浩司
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慶喜が生まれ育ち、渋沢に影響を与えた水戸へ

今年の大河ドラマの主人公であり、2024年から発行される新1万円札の顔となる渋沢栄一は、日本近代史における最も重要な人物の1人といっていいでしょう。ここでは、幕末維新期にその渋沢と深いかかわりを持った、徳川幕府最後の将軍・徳川慶喜の人生を辿る2つの旅をご紹介します。

1つ目の旅では、慶喜が徳川斉昭の7男として生まれ育ち、渋沢の尊王攘夷思想に大きな影響を与えた水戸藩ゆかりの地をめぐります。まずご注目いただきたいのが、斉昭が藩校として建学し、慶喜も幼少期に学んだ「弘道館」です。生涯教育としての学問と武芸の両方が重んじられた藩校の中心的な建物である正庁や、大政奉還後に慶喜が厳しい謹慎生活を送った至善堂などのほか、弘道館開館180年記念パネル展「渋沢栄一と弘道館」もご覧いただきます。

  • イメージ イメージ 日本最大級の藩校・弘道館の中心的な建物である正庁

弘道館と一対の教育施設として造園された日本三名園の1つ「偕楽園」や、慶喜の弟である徳川昭武が建設し後半生を過ごした優美な「戸定邸」も価値ある見どころ。戸定邸に隣接する「戸定歴史館」では、昭武が渋沢らを従えて1867年に視察したパリ万国博覧会に関する資料や、「明治日本の国際化-徳川昭武と渋沢栄一の到達点-」と題した特別展も見学できます。

また、今年の6月に完成したばかりの水戸城二の丸角櫓(すみやぐら)も見逃せません。内部では、水戸城の歴史や整備事業の歩みなどについての展示をお楽しみください。

  • イメージ 明治時代の徳川家の住まいがほぼ完全に残る戸定邸
  • イメージ 今年6月に復元された、水戸徳川家の居城・水戸城の二の丸角櫓
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慶喜が移り住み、渋沢が新しい一歩を踏み出した静岡へ

慶喜の人生を辿る2つ目の旅は、駿府(現在の静岡市)を中心にめぐります。薩長による討幕の動きの機先を制して、慶喜が大政奉還を行ったのは1867年のこと。しかし、依然として強い政治力を持ち続けていた旧幕府に対し、幕府の完全解体を目指す新政府側が挑発を繰り返した結果、「鳥羽・伏見の戦い」が勃発。旧幕府軍は新政府軍の火力の前に圧倒され、大阪城まで退却を余儀なくされました。慶喜は、なお徹底抗戦を主張しますが、あろうことか本人だけは江戸へ逃げ帰ってしまいます。

この新政府軍の勝利により、約260年におよぶ徳川の世が終わりを迎え、慶喜は水戸藩での謹慎の身に。その後、水戸から駿府に移されることになった慶喜が、1868年(慶応4年/明治元年)7月に入ったのが、徳川家康の側室・お愛の方の菩提寺「宝台院」です。パリ万博とその後のヨーロッパ視察から帰国した渋沢が、慶喜に報告するため訪れたのもここでした。

慶喜が翌年の1869年から約20年にわたって暮らした屋敷の地に建つのが、優美な池泉回遊式庭園を今に受け継ぐ料亭「浮月楼」。今回の旅では、渋沢が日本で最初の合本(株式)組織となる「商法会所」を設立した場所でもあるこの料亭で、会席料理の夕食をお召しあがりいただきます。

  • イメージ イメージ 慶喜の屋敷跡につくられた浮月楼の池泉回遊式庭園

旅の3日目は、数々のテレビ番組や著書などで人気の歴史家・小和田哲男さんとめぐる1日。そのハイライトは、徳川家康が1589年に築城し、大御所となって江戸から戻った際に天下普請により大修築した「駿府城」です。家康が晩年まで天下の実権を掌握し続けたことで、江戸を凌ぐ政治・経済・文化の中心となった駿府と駿府城について、地元静岡で生まれ育った小和田さんによる解説を聞きながら近世の歴史の面白さをたっぷりと味わってみてはいかがでしょう。

当日は、東御門・巽櫓(たつみやぐら)をはじめとする見どころや、2016年から行われてきた駿府城跡天守台発掘調査の成果などを展示する「発掘情報館きゃっしる」も見学。さらに、二ノ丸掘を周遊する「葵舟」にも乗船しますので、櫓や石垣を間近でご覧になれます。

  • イメージ イメージ 1607年、家康が大御所として移り住んだ駿府城

この旅では、駿府城に「掛川城」と「山中城」を加えた、日本100名城に数えられる3つの城を訪れます。室町時代に守護大名の今川義忠が重臣の朝比奈泰煕(あさひな やすひろ)に命じて築城したのがはじまりといわれる掛川城は、16世紀末、豊臣秀吉直臣の山内一豊が城主になると、純白の天守閣を建築。安政東海地震による損壊から約140年の時を経て、1994年に木造で再建されました。

もう1つの山中城は、戦国時代末期、小田原に本城を置いた後北条氏によって築かれた国境警備のための山城。落ちれば脱出が非常に困難な「障子堀」と呼ばれる深い堀をはじめ、さまざまな防御施設を備えていたのが特徴です。そんな鉄壁の護りを追求したつくりであったにもかかわらず、1590年、圧倒的な軍勢を誇る豊臣軍を前にわずか半日で落城したと伝えられています。その後、約400年間埋もれていた城の発掘調査が1973年にはじめられ、障子堀や土塁などの遺構が復元・整備されました。

今回は、徳川慶喜とゆかりの深い、水戸、駿府の2つの旅をご紹介しました。

  • イメージ “東海の名城”とうたわれる掛川城の天守閣
  • イメージ 約400年の時を超えて発掘された山中城跡

当社ではこれからも、多くの皆さまにワクワクしていただける、多彩な「歴史をめぐる旅」を企画、ご案内してまいります。どうぞご期待ください。

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小和田 哲男さんよりメッセージ
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江戸を凌ぐと称されるほど繁栄した静岡市。その象徴・駿府城は今まさに、発掘工事の真っ最中で、新たな発見の数々に盛り上がりを見せています。

2021年春に運航を開始した、城の堀を遊覧する葵船や、家康を祀る久能山東照宮など、静岡市が誇る名所を、地元静岡出身の私がご案内いたします。三越伊勢丹ニッコウトラベルの皆さま、静岡でお待ちしております。

プロフィール

静岡市生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程を修了。静岡大学を定年退職後は、静岡大学名誉教授、文学博士、公益財団法人日本城郭協会理事長を務める。専門は日本中世史、特に戦国時代史で、主著『後北条氏研究』『近江浅井氏の研究』のほか、『小和田哲男著作集』などの研究書の刊行で、戦国時代史研究の第一人者として知られている。また、NHK「歴史秘話ヒストリア」および「知恵泉」などにも出演し、わかりやすい解説には定評がある。大河ドラマでは、「天地人」、「軍師官兵衛」、「おんな城主 直虎」などで時代考証を担当している。

小和田 哲男さん公式ホームページ

https://office-owada.com/