[ クローズアップ ]

心豊かな暮らしが風景に
実りの秋のおいしい
トスカーナ

〜現地の今をお届けします〜

企画=古澤雅史/坂口智一 文=佐藤淳子
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お待たせしました。いよいよ海外ツアー再開です!三越伊勢丹ニッコウトラベルでは、来春出発のツアーとして、ヨーロッパ10コースを含めた14コースをご用意します。長らく旅行者の往来が途絶えた各地は今、どのような様子なのでしょう。今号では、気になる旅先のなかから、実りの秋を迎えたイタリア中部のトスカーナ地方について、現地在住のコーディネーター、堀越千鈴さんにお話を伺いました。

  • イメージ イメージ なだらかな緑の丘に美しい黄葉が混じるトスカーナの秋
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収穫祭にワイン祭り 実りの秋は楽しみ満載

堀越さんが暮らすのは、四季折々の変化が身近に感じられるフィレンツェ郊外。ワインの一大産地、キャンティ地方まで車で10分程の距離にあり、周囲にはぶどう畑やオリーブ畑が広がっているそうです。

「10月初旬に収穫が終わると、ぶどうの木々が黄葉して本格的な秋を迎えます。私の好きな季節です」

こう楽しそうに語ってくださる堀越さん。それもそのはず、トスカーナの秋は楽しみが満載なのです。

9月の終わりから10月にかけて各地で収穫祭が開催され、会場となる広場はおいしい食材がずらり。ハチミツやペコリーノ・チーズなど、人気の特産品が数多くあるトスカーナの祭りには、地元の人たちだけでなく、イタリア各地から多くの人が訪れます。

堀越さんのご自宅から最も近いキャンティの村、インプルネータでも、伝統あるぶどう祭りが開催され、例年、全国から見物客が大勢集まるそうです。クライマックスは4つの地域が山車と出し物を競うコンテストで、その準備に1カ月以上の時間をかけるとか。ユニークなのは、その間の週末、広場で地元の女性たちが料理を並べ、訪れた人々に有料で振る舞うこと。そこで得た収益を、山車や出し物の衣装などの費用にするのです。人々をおいしいもので楽しませ、その対価をお祭りに活かす。なんて合理的で幸せなシステムなのでしょうか。

  • イメージ イメージ インプルネータはテラコッタの産地としても知られる
  • イメージ 多くの見物客で賑わうインプルネータのぶどう祭り
  • イメージ ワイナリーめぐりはキャンティ観光の大きな楽しみ

キャンティは、全土でワインがつくられているイタリアでも最大級のワイン生産地です。その中心、グレーベ・イン・キャンティでは、例年、地元のワイン農家がこぞって屋台を出す大規模なワイン祭りが開催されます。訪れた人は入場料と引き換えにグラスを受け取り、テイスティング三昧。ワイン好きにはたまらないイベントです。

ここでこの地方のワインの話を少し。キャンティは、イタリアワインを代表するブランドの名前でもあります。その歴史は古く、今から300年以上前、この土地のワインの質の高さを見抜いたメディチ家のコジモ3世が、ワイン産地の境界を策定しました。今では当たり前となっている産地表示の草分けといえるでしょう。その先見の明に驚かされます。さらに、産地を限定し、厳しい基準を設けて品質を守り続けているのが、高品質を謳う「キャンティ・クラシコ」。黒い雄鶏のマークが、その品質の証です。

そんなトスカーナのワインの特徴は、肉料理に合い、塩味の強めなこの地方の料理に負けない主張があること。こうしたなか、ここ数年は、ぶどうの品種や産地にこだわらず、自由においしさを追求したスーパータスカン(トスカーナ)といわれるワインも人気となっているそう。堀越さんによれば、こちらは、料理のお供というより、おつまみとともにグラスを傾けて楽しむのに向いているそうです。

秋には、こうしたワインに合う食材がさまざま登場します。たとえばポルチーニ茸。ステーキの上に傘の部分を乗せたり、柄の部分をフライにして付け合わせたり、楽しみ方は多彩です。

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人々が待ち焦がれる 初物オリーブオイル

この実りの秋に、現地の人々が最も心待ちにしているのは、オリーブの収穫!10月の終わりから11月いっぱいにかけて収穫されるオリーブから絞られたオイルが、初物オリーブオイルとして、イタリア人の食卓にのぼるのです。日本人が新米を心待ちにするように、この季節になると、イタリア人はオリーブオイルを買うのを控えはじめるのだとか。初物が売り出されると、それぞれ大きな瓶を持参して馴染みの農家でオリーブオイルを購入します。堀越さんは、なんと10リットル瓶を持って買いに行くそう! 初物オリーブオイルは、炒め物などの調理には使わず、ステーキにかけたり、パスタの仕上げにかけたり、フムスなどのディップをつくるのに使ったりと、生でいただきます。もちろん、パンは、塩とオイルで。

そんな初物オリーブオイルの味はというと「ピリ辛で、青臭い感じ。通常のオイルより油っぽくなく、ジュースのよう」だそう。レストランでは、初物のオイルを使ったメニューが人気となります。オリーブオイル尽くしのコースも登場。デザートは、オリーブオイルをバター代わりに使ったヘルシーなケーキです。

ちなみに、この初物オイルは「オーロ・ヴェルデ(緑の金=きん)」と呼ばれますが、これは、通常のオイルより緑がかっていて、かつ貴重なものだから。そこには通常のオイルより値が張るという意味も含まれますが、それだけの価値があるということでしょう。

オリーブオイルはイタリア全土で生産されていますが、トスカーナのオリーブオイルはバランスのとれた味わいで、イタリア人にも人気が高いそうです。

  • イメージ イメージ 初物オリーブオイルは「緑の金」とも呼ばれる貴重なもの
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常緑の丘に畑と村々 秋に黄葉、春には花

そもそも堀越さんがトスカーナで暮らしはじめたのは、22年前のことでした。イタリア人のご主人と日本で知り合い、結婚。ご主人のお仕事の都合でトスカーナに引っ越して以来、ここでの暮らしを楽しんでいるそうです。そんな堀越さんに、あらためてその魅力について聞いてみると……。

「街の大きさが程よいうえに、森が人里離れた場所ではなく、街に近い場所にあるんですよ。フィレンツェの街から車で10分も走れば、田舎の風景が広がります。高い山がないので、なだらかな丘陵にオリーブやぶどうの畑が連なり、その間に村々が点々と見える。その向こうには城。背景にフィレンツェの大聖堂が見える風景など最高です」

  • イメージ イメージ 緑の田園風景を見渡すご自宅周辺の景観

さらに、村々それぞれにおいしい店があり、肉屋さんがあり、ワイナリーがあるのがトスカーナ。

「驚くような変化があるわけでも、刺激的なわけでもありませんが、楽しむ場所は尽きません」と堀越さん。 

この地の景観に気持ちがやすらぐのは、日々の暮らしを大切にする人々の心の豊かさが反映されているからなのかもしれません。

堀越さんのように、もともと街と田舎が隣接するこの環境を愛するヨーロッパの人たちは多かったそうですが、コロナ禍の影響で、開放的な場所を求める傾向が強まり、今年の夏は、アグリツーリズモ(農村での田舎体験)やワインリゾートなどがいつにも増して人気だったとか。これまでフィレンツェにしか行かなかった人も、そこからひと足延ばして田舎に滞在したり、小さな村を訪ねたりするようになったそうです。人々がより開放感のある場所を訪れる傾向はこれからも続きそうだと堀越さんは教えてくれました。

「常緑のトスカーナ」と呼ばれるこの地の景観は、丘の緑に黄葉の黄色が混じる秋が過ぎ、冬を越えると、今度は、鮮やかな花の色が加わる春のものになります。イースターに向け、冬の間休業していたキャンティ地方のホテルも再開。各地では賑やかな春祭りが行われます。そこからぶどうの花が咲きはじめる6月まで、トスカーナの丘陵地帯は、菜の花、ヒナゲシ、エニシダなど、さまざまな花に彩られ、大いに華やぎます。

「春のオルチャ渓谷もきれいですよ」と堀越さん。

  • イメージ 往時には遠くおよばないものの、観光客が戻りつつある現在のフィレンツェ(2021年10月撮影)
  • イメージ 花々が緑の丘を彩る春のトスカーナ

堀越さんによれば、トスカーナは、秋が好きな人、春が好きな人に分かれるといいます。日本同様、四季折々の景観が楽しめるトスカーナ地方。皆さまは、どちらの景色に、より心揺さぶられるでしょうか。海外旅行再開の第1弾としてご用意した春のトスカーナの旅は、次ページ以降でご紹介しています。まずは春のトスカーナを、ぜひお楽しみに。

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ウフィッツィ美術館の改装着々
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トスカーナの州都フィレンツェにあるウフィッツィ美術館では、長期にわたる改装が最終段階を迎えています。現在、約10の展示室が新たにオープン。1500年代の作品を中心に、未公開だった作品100点以上が公開されました。なかでも注目はパルミジャニーノの『長い首の聖母』。遠近バランスの不可思議さなど、制作過程に謎の多いこの作品を、光の当て方などに工夫を凝らした部屋で楽しむことができます。かつてヴァザーリの回廊に展示されていた自画像のコレクションは、本館での公開が始まりました。回廊自体も、来年にはピッティ宮殿への通り抜けが可能になる見込みです。

将来的には、工事中に偶然発見されたフレスコ画など、考古学的関心の高い貴重な発掘物も公開が予告されており、今後も楽しみは尽きません。

フィレンツェでは、このほかにも各所でリニューアルが進んでおり、大聖堂付属美術館では、2019年から行われていたミケランジェロ『ピエタ』の修復が完了。再び観光客の目を楽しませています。

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