[ 海外特集② ]
地中海世界から大航海時代へ
歴史に彩られた
美しい島々を旅する
企画=南家知文/森脇潤/我満弘充
文=大友園子
紺碧の空と海が、訪れる人々を魅了する南ヨーロッパ。地中海や大西洋に浮かぶ島々は、温暖な気候に恵まれたリゾートとして世界中から多くの人々を迎えています。一方、そこはまさに長い長いヨーロッパに流れる歴史の壮大な舞台でもありました。
ひと足早く春を迎える島々をめぐり、悠久の歴史にもふれる旅に出かけてみませんか。
地中海の真ん中で歴史を刻み
先史時代の巨石神殿が佇むマルタ
地中海。そこはヨーロッパとアフリカ、そしてアジアが出あう海。太古の時代から、海につながれた人々の暮らしや、温暖な気候に恵まれた自然の美しさや豊かさは、時代を超えて多くの人々の憧れでもあります。今回は、そんな魅力あふれる地中海の島々を、時の流れに沿ってめぐっていきましょう。
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地中海に浮かぶ島国マルタ共和国の首都ヴァレッタ。城壁も建物もマルタストーンで築かれている
まずご紹介するのは、地中海の真ん中に位置する島国マルタ共和国。シチリアから南にわずか約93キロの位置にマルタ島、ゴゾ島、コミノ島からなる小さな島国です。陽光降り注ぐ明るい海、入り組んだ入り江など風光明媚な光景が暮らしのすぐそばに広がり、リゾートとしても大変人気があります。その一方で、その地理的な位置からも分かるように、この小さな島国は悠久の歴史の宝庫でもあります。
ヨーロッパの歴史というと、エーゲ文明から語られることが多いですが、マルタ共和国を構成するマルタ本島やゴゾ島には、エーゲ文明より古い時代、紀元前3500年頃から巨石を使った神殿がつくられていました。マルタ共和国の首都ヴァレッタ近郊にあるタルシーン神殿や、ゴゾ島にあるジュガンティーヤ神殿などは、世界屈指の歴史・文化遺跡といえるでしょう。エジプトのギザのピラミッドよりも古い時代にどうやってこのような巨石を運び、組み上げたのかは、いまだ謎に包まれたまま。巨人がつくったという伝承にも、思わずうなずいてしまいます。
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マルタ島の北西にあるゴゾ島のジュガンティーヤ神殿。古代ギリシャ以前の遺跡をガイドの説明を聞きながら見学
そうした遺跡の1つ、閑静な住宅街にあるハイポジウム地下神殿を訪れると、ひと際不思議な印象を受けるかもしれません。そこは、石を積み上げたのではなく、岩盤を削って造られた神殿です。よく見ると、丸天井や壁が実に滑らかに削られていて、その技術の高さに驚かされます。
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ハイポジウム地下神殿で発掘された『眠れる女神』などは国立考古学博物館で見られる
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見学者は1日70人に限定されている地下の岩盤を削って造られたハイポジウム地下神殿
女神アフロディーテ誕生の地
伝説の島キプロス
地中海の最東部に位置する島国キプロス。四国の半分ほどの大きさですが、古くから交通の要衝でした。約1万年といわれる古い歴史があり、その記憶を伝える遺跡が点在しています。
キプロスを象徴するような場所が、女神アフロディーテが生まれたとされる静かな浜辺ペトラ・トゥ・ロミウ海岸です。神話によれば、クロノス(ゼウスの父)が、その父である天空神ウラノスの体の一部を切り取り、海に投げ捨てたところ、そこから泡が湧き、泡のなかからヴィーナス(アフロディーテ)が生まれました。この場面を描いたのがフィレンツェのウフィッツィ美術館にあるボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』です。ヴィーナスは泡のなかで成長し、西風に吹かれ、ほたて貝に乗ってキプロス島に上陸したとされています。抜けるような青空と、吸い込まれるような藍色の海の間に、ポツンと残された白い岩を目の前にして、「ここが女神の生まれた場所」と言われれば、「そうなのかもしれない」という気にもさせられる、そんな場所です。
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愛と美の女神ヴィーナス(アフロディーテ)が生まれたとされるキプロス島のペトラ・トゥ・ロミウ海岸
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ウフィッツィ美術館所蔵のボッティチェリ『ヴィーナスの誕生』
一方、かつてキプロスの都だった賑わいを彷彿とさせるのが、パフォス遺跡。ここは、ギリシャからローマ時代にかけて、キプロスの政治・行政の中心でした。新約聖書にも使徒パウロが伝道に訪れた地として登場しています。大豪邸だったディオニソスの館には、鮮やかなモザイク画が残されています。ガイドの説明を聞きつつ遺跡をめぐっていると、かつてここが港町だったころの賑わいぶりが聞こえてくるようです。
現代のキプロスは、全長約180キロにわたるグリーンラインによって、北キプロスと南キプロスに分けられています。首都ニコシアのグリーンラインは徒歩で越えることができ、雰囲気の違いを体感することもできます。
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ギリシャ神話をモチーフにした緻密なモザイク画も見られるパフォス遺跡
文明の十字路シチリア
絶景の遺跡や列車の旅も満喫
地中海の島々のなかでも最も大きく、古来、「トリナクリア」(3つの岬)と呼ばれたシチリア。古代にはギリシャ、そしてローマ帝国、中世にはアラブ、そしてノルマン、近世にはスペイン、そして現在はイタリアの領土で、地中海世界の歴史を感じられる島です。白い噴煙をたなびかせる美しいエトナ山や、のんびりと草を食む羊の群れを眺めながら、田舎道をドライブしていると、「そんな歴史があったのか」と意外に思われるかもしれませんが、ここは、かのゲーテに「イタリアの鍵」と書かせた島。今も空と海と山が織り成す風景のなかへ歩みを進めるごとに、歴史の残照に出あえます。
2月、アフリカに面した海を望む街アグリジェントでは、アーモンドの花が見頃を迎え、「神殿の谷」と呼ばれる神殿が並ぶ地区を散策するにも良い時期です。そのなかでも必見は、ドーリア式のコンコルディア神殿。ギリシャ神殿の見本のような形を今も残しているのは、長らく教会堂として転用されていたからといわれています。
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シチリア・アグリジェントの海を望む高台に佇むコンコルディア神殿
世界的な保養地でもあるタオルミーナ。ダイバーたちを描いた映画『グラン・ブルー』の舞台としても知られています。この街に残るギリシャ劇場は、背景にエトナ山が見える構図もすばらしく、大変人気があります。ローマ時代に円形闘技場に改築されました。
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紀元前3世紀頃に造られたタオルミーナのギリシャ劇場。エトナ山とイオニア海の絶景が広がる
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ピアッツァ・アルメリーナのカサーレ荘には、見事なモザイク装飾を施された部屋が残されている
映画といえば『ゴッド・ファーザー』の舞台となったのが州都パレルモです。シチリア最大の都市にして、アラブやノルマンの支配を経て異なる文化の影響を色濃く残す街。黄金のモザイクが輝くノルマン王宮のパラティーナ礼拝堂はその代表的な建築物で、床のモザイクや鍾乳石模様の天井などに各文化の融合も見られます。
鉄道の旅で多彩なシチリアの自然を身近に眺めるのも楽しみ。たとえば北部の海沿いを走るシーサイド列車、エトナ山の景観をより身近にできるエトナ山周遊鉄道など、車窓を過ぎる雄大な景色を列車から眺めるのも一興です。
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パレルモの王宮の2階にあるパラティーナ礼拝堂。天井、壁、床一面を飾る金箔モザイクに圧倒される
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シチリアの雄大な自然景観を満喫できるエトナ山周遊鉄道
歴史に彩られた美しい島々を旅する
十字軍の時代
マルタ騎士団が築いた首都ヴァレッタ
中世時代、11世紀から13世紀ヨーロッパでは、イスラム教徒から聖地エルサレム奪還を目的に十字軍が結成されます。第1回十字軍で結成され、エルサレムで傷病者の救護などで活躍した聖ヨハネ騎士団もその1つでした。その後キプロス島、ロードス島と本拠地を移し、1530年に神聖ローマ皇帝カール5世からマルタ島を与えられ移転したため、マルタ騎士団と呼ばれるようになりました
1565年、オスマン帝国が大軍を率いて襲来します。騎士団はヨーロッパ諸国の力を借りつつ、オスマン帝国軍によるマルタ攻略の「大包囲戦」に勝利。その後、騎士団は新しく強固な城塞都市づくりを計画、建設していきます。聖ヨハネ騎士団長ジャン・パリゾ・ド・ラ・ヴァレットにより、海岸線に城壁をめぐらし、縦横に整然とした街路にそって建物を配置した巨大な城塞都市が建設されました。こうして完成したのが現在のヴァレッタです。
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ヴァレッタの聖ヨハネ大聖堂。祭壇に続く身廊には紋章や天使の彫刻、天井には聖ヨハネの生涯が描かれている
マルタストーンと呼ばれる柔らかな色合いの石灰岩で造られた街並みは当時の姿を今に伝えています。マルタ騎士団の守護聖人にささげられた聖ヨハネ大聖堂は必見。内部は豪華絢爛で、中央祭壇に続く身廊の周囲には、言語別に8つの礼拝堂が配置され、床一面に騎士たちの個性豊かな墓碑が敷き詰められています。聖ヨハネ大聖堂美術館では、この島で暮らした画家カラヴァッジョの『聖ヨハネの斬首』『聖ヒエロニムス』も見逃せません。
マルタ騎士団は、オスマン帝国からマルタを守りましたが、18世紀ナポレオンの侵攻により、マルタ島を離れました。現在、領土を持たない国として存続し、世界中で慈善活動を行っています。
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城壁で囲まれたマルタ共和国の首都ヴァレッタ。難攻不落の要塞都市でもある
ナポレオンゆかりのコルシカ島
山岳リゾートを行く列車の旅も
ナポレオンの名が出たところで、地中海に浮かぶフランス領コルシカ島についてもご紹介しましょう。コルシカ島は、地中海でシチリア島、サルデーニャ島、キプロス島に次いで4番目に大きな島。作家モーパッサンが「海にそびえる山」と表現したように、島の多くが険しい山に覆われています。地理的にはフランス本土よりもイタリアに近く、地名などにイタリアの影響が感じられます。その一方で、フランス語で「美の島」と呼ばれ、ビーチリゾートも楽しめる自然豊かな島。夏には観光客も多く訪れています。入り江と奇岩が織り成す海岸線の美しい自然景観が大きな見どころでしょう。
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コルシカ島唯一の世界遺産ポルト湾。島西部に広がる青い地中海と赤い岩の断崖の景観が印象的©dawed bonz
観光の基点となる街は2つ。まずコルシカ最大の街であり、西海岸の古い港町アジャクシオ。かつてジェノバ共和国の領土であった名残りの要塞があり、家並みもどこかイタリア風です。そして、1769年にナポレオン・ボナパルトがこの街で生まれました。フランス本国で頭角を現しつつあった青年期に、しばしば帰郷しており、今も生家や大聖堂、市庁舎などでその足跡に思いを馳せることができます。
もう一方の基点となるのが北東部の街バスティア。アジャクシオからは、山の絶景が満喫できるコルシカ鉄道で向かうのがおすすめです。険しい岩山や谷の景観を車窓から眺めながら、島を横断する鉄道の旅が楽しめます。ハイライトは、島最高峰のチント山(2,710メートル)を間近に眺める後半にやってきます。一方でこの鉄道は、実は地元の人の貴重な交通手段でもあります。島唯一の大学のある街コルテにも通じているので、途中下車して地元の雰囲気を味わってみるのも思い出となるでしょう。島の人たちの飾らない普段の様子も垣間見ることができる、のんびりした列車の旅です。
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海辺の断崖絶壁や岩山など、コルシカ島の山と海の景観を満喫できるコルシカ鉄道 ©Office de Tourisme Intercommunal de Bastia
ヨーロッパと新大陸を結ぶ楽園
大航海時代の歴史語るカナリア諸島
さて、話を再び大航海時代に戻しましょう。大航海時代、ヨーロッパ諸国の意識は新大陸に向いていました。大西洋のカナリア諸島が注目されたのは、15世紀末。スペインがイスラム教徒との闘いに終止符を打ち、国力をつけて海外に出ていこうとしていた時代です。当時、スペインもポルトガルと競うように、大西洋の向こうに広がる南米大陸を目指していました。
スペインから貿易風に乗って南米に向かおうとする船は、補給のために、ヨーロッパと南米の間にあるカナリア諸島に寄港することになります。大西洋に浮かぶカナリア諸島は、スペイン本土から南西に約1,000キロ、アフリカ大陸から約100キロ。「常春の島」とも呼ばれる温暖で自然豊かな島です。15世紀末にスペイン領となり、コロンブスも航海の途中で何度も立ち寄っています。世界遺産のテネリフェ島の街サンクリストバル・デ・ラ・ラグーナなど、当時を彷彿とさせるコロニアル様式のカラフルな建築物などを眺めながら散策していると、キューバのハバナなど、中南米の港町のモデルとなったというのもうなずけます。
歴史を伝える街並みのみならず、迫力ある自然景観を見逃すことができません。「火山の島」と呼ばれるランサローテ島中心に、ほかの地域では見ることのできないクレーターが連なる特異な景観が広がっています。この島はワインも有名で、強風からぶどうを守るために石が延々と積まれた珍しいぶどう畑の景観も印象的。溶岩と火山灰でできた土地でつくる、世界的に有名なワインを試してみるのも一興でしょう。
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テネリフェ島にあるテイデ山はスペイン領内最高峰の火山。島には多くの固有種植物も見られる
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テネリフェ島北部のサンクリストバル・デ・ラ・ラグーナは、中南米の街づくりのモデルとなった街
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地面に穴を掘ってぶどうを植える独特の栽培方法で固有種を育てるランサローテ島のワイナリー
いずれの島も大型クルーズ船が入港する島でもあり、観光客の受け入れ態勢も万全です。雄大な火山島の風景を、日本人ガイドとともに、快適に満喫することができます。