[ 国内特集 ]

短い夏だからこそ、燃え盛る津軽の祭典

ねぶた祭の熱狂の渦のなかへ

企画=高橋京子/小林絵梨/関尚美 文=井上智之
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宵闇に包まれるとともに、流れくるのは太鼓や笛、手振り鉦(かね)の音。そして、「ラッセラー!ラッセラー!」と響き渡ってくる跳人(はねと)のかけ声。遠くからは大きな灯籠かと見紛うねぶたも、やがて巨大な光の造形となって回転し上下に揺れながら、伝説の世界から躍り出るかのように迫ってくることでしょう。お囃子と跳人、ねぶたが織り成す音と光が町全体を覆う熱狂こそが、青森ねぶた祭。その醍醐味をすべてのコースでお楽しみいただける東北夏祭りの旅全5コースを、ねぶた師・竹浪比呂央さんのインタビューとともにご紹介します。

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竹浪 比呂央(たけなみ ひろお)さん
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1959年、青森県西津軽郡木造町(現つがる市)生まれ。1989年に初の大型ねぶたを制作して以来、ねぶた大賞、第30回NHK東北放送文化賞はじめ受賞多数。東京ドームをはじめブダペスト、ロサンゼルスなど国内外で出陣ねぶたを制作。竹浪比呂央ねぶた研究所主宰。青森ねぶたの創作と研究を主としながら、「紙と灯りの造形」 としてのねぶたの新たな可能性を追求し続けている。

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3年ぶりの開催に、
ねぶた師・竹浪比呂央さんの
想いも滾る

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その日のために青森は思い募らせ、待ち焦がれ

例年、8月2日~7日に開催される、青森のねぶた祭。地元民の心の寄りどころともいえる一大イベントだけに、クライマックスに向けた準備は数カ月前からはじまります。その様子を慈しむように語るのは、ねぶた師の竹浪さんです。

「祭りに期待する地元の想いは、それはもう大変なもの。ねぶたを出す団体やグループの皆さんは、5月下旬から三々五々集ってお囃子の練習をはじめますので、夕刻から8時くらいまで太鼓や笛、手振り鉦の音が港から町のそこかしこに響き渡ります。跳人たちも、浴衣を新調したりと気はそぞろ。町全体がざわめき立ってくるこの雰囲気が、なんとも活気があって私は好きなんです」

その日に向けて町全体がボルテージを増しながら、開催の1週間に人の動きが集中するという青森。この町の“盆と正月”は、まさにねぶた祭の時期に、いっぺんにやってくるのでしょう。

「青森出身の学生さんは、ねぶたに合わせて夏休みに帰省する人が多いようです。お国自慢の祭りを見せたくて友達を連れてきたりするので、お母さんは家のなかを片付けたり、旬のキュウリやナスの漬物を仕込んだりと歓待の準備に大忙し。ねぶたは、長い歴史に育まれてきた地元民の生活のリズムであり文化なのです」

  • イメージ イメージ 「ラッセラー!ラッセラー!」のかけ声とともに乱舞する跳人たち
  • イメージ ねぶたの魅力は、回転し上下に揺れながら迫りくる躍動感
  • イメージ 太鼓や笛、手振り鉦のお囃子が、ねぶた祭を盛り立てる
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いつか自分もあの迫力を その一心でねぶた師に

子どもたちにとってもかけがえのない行事だけに、夏休みの図画の宿題はねぶた祭一色に。ねぶた小屋の前に小学生がずらりと並んで、ねぶたづくりを写生する光景も微笑ましい風物詩です。

そんな子ども時分の思い出とともに、竹浪さんはねぶた師になった経緯を懐かしみます。「私は祭り以上にねぶた自体が大好きで、ねぶた小屋に通っては制作作業の一挙一動に目を凝らしながら、『いつかは自分も大きなねぶたをつくりたい』と考えているような子どもでした」

ねぶたのつくり手は、地元の人々から“ねぶた師”として尊敬される一方で、経済的な点でいうと、いささか心もとない仕事。ひと昔前までは手先の器用な人が専業の仕事を持ちながら、夏の間だけボランティアに近い形でねぶたづくりにひと肌脱ぐというのが常でした。竹浪さんも薬剤師をしながら、ねぶたづくりの夢を追い続けていたそうです。

「ねぶたづくりでご飯が食べられるなんて思ってもいなくて、ただただ自分の作品を皆さんに見てもらいたい一心で修行をしました。運良くデビュー後も、夏以外は薬剤師として病院に勤めながらねぶたをつくっていたのですが、やはり作品発表の機会を増やしたいという想いから仕事を辞めて、ねぶたづくりに軸足を移しました。はじめてつくったねぶたが、颯爽と町に出陣した時は感激しましたね。すべての苦労が、歓びに変わった瞬間でした」

  • イメージ イメージ 想像力をふくらませながら描きあげた原画を基に、ねぶたはつくられる。青森菱友会「紀朝雄(きのともお)の一首 千方(ちかた)を誅(ちゅう)す」(竹浪比呂央作)
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つくるのは辛くも悩ましい だからこそ楽しい

29歳の時に初の大型作品を制作して以来、ねぶたへの純真な想いと情熱を糧に毎年、意欲作を送り出してきた竹浪さん。最高賞である「ねぶた大賞」も、6回受賞しました。

また、ハンガリー建国1100年祭やロサンゼルス2世ウイークの出陣ねぶたの制作と、海外にも活躍の場を広げてきました。そんな竹浪さんが、毎年苦労するのはテーマ選びとともに、素材や色彩、構造だそうです。

「青森ねぶた祭の大きな特徴は、ほかの祭りのように山車や神輿などを維持・保存し、使用し続けるのではなく、その年限りのねぶたが出陣すること。毎年、新しい発見と感動がある祭りなのです。それだけに今まで見たことがないような新鮮で圧倒的な迫力のねぶたをつくろうとすると、放り出したくなるほどの辛い思いをします。そこがまた、楽しいところなのですが」

  • イメージ イメージ 針金を巧みに使い、紙を貼れるように形をつくる
  • イメージ 色を塗りながら、ねぶたに魂を吹き込んでゆく
  • イメージ 純白の紙が貼られたねぶたに、想像力もふくらんでゆく

こうしたオリジナリティへのこだわりとともに、竹浪さんは取りあげたテーマの時代考証にも気を配ります。「たとえば神話上の人物なら、手にしているその刀はどのような意味があって持っているのかといったことを、できる限り時間をかけて調べるようにしています。多くの方がねぶたをご覧になりますので、知ってつくるのと知らないでつくるのとでは存在感も印象も違ってきますから」

人気ミュージシャンのCDジャケットや老舗ホテルの展示オブジェにも採用されたように、アート感覚にもあふれる竹浪さんのねぶたは、見物客のみならず跳人をも魅了します。

そのエピソードを語るのは、青森出身にして企画担当の関尚美です。「遠くから近づいてくるねぶたを見ながら『あっ、カッコいい!』と思うと、決まって竹浪さんの作品でした。ねぶたが好きすぎる津軽人は、跳ねるなら賞を取るようなねぶたと一体になって高揚感を楽しみたいと思っているので、そうなると、竹浪さんのねぶたの前で跳ねたくなるんです」

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3年ぶりに、いざ出陣!この熱狂を皆さまとともに

コロナ禍で、青森ねぶた祭は2年連続で中止を余儀なくされました。特に去年は、ねぶたの制作がはじまった矢先の4月に中止が決定したこともあり、ねぶた師はもちろん、期待に胸をふくらませていた地元の人々の落胆は相当なものでした。

それだけに、竹浪さんの意気込みは熱を帯びます。「ようやく、です。今度こそは! と気を引き締めながら、いいものをつくりたいという想いで制作に励んでいます」

今年は、5日間に渡り17台のねぶたが出陣予定。そのうちの2台を竹浪さんが担当します。3月にはじまったねぶたづくりは、テーマやデザインが決定し、原画も完成。顔、足、手といったパーツの針金作業に入っている段階です(4月7日取材時点)。

改めてねぶた祭の見どころをお伺いすると、「ねぶたそのものの造形的な魅力と、ダイナミックに回転したり上下に動く躍動感を体験していただきたいですね。1年限りのねぶたですので、以前にねぶたをご覧になった皆さんも見逃すことはできません。もう、間違いなく驚くはずです」と断言します。

さてこの夏、竹浪さんのねぶたはどんなテーマやデザイン、仕掛けで、私たちを興奮の坩堝へと誘ってくれるのでしょうか。

  • イメージ イメージ 青森菱友会「雪の瓦罐寺(ゆきのがかんじ)」(竹浪比呂央作)
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ねぶた祭の歴史や魅力を余すことなく
青森市文化観光交流施設「ねぶたの家 ワ・ラッセ」
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青森ねぶた祭の魅力をたっぷりと堪能できる施設です。1階の「ねぶたミュージアム・ねぶたホール」では、お囃子の音が臨場感を高めるなか、竹浪さんの作品「雪の瓦罐寺」をはじめ、実際に祭りに出陣した大型ねぶたを展示。改めて目のあたりにするねぶたは、想像を超えた大迫力です。

2階の「ねぶたミュージアム」では、ねぶた祭の起源や歴史を学ぶことができます。ねぶたの制作技能に加えて、その作風や題材の変遷などを興味深く紹介しています。

  • イメージ ねぶたの家 ワ・ラッセ
  • イメージ 巨大なねぶたは、眼前に迫ってくるほどの大迫力!