1970年岡山市生まれ。慶應義塾大学大学院卒。博士(史学)。茨城大学助教授、静岡文化芸術大学教授などを経て、現在、国際日本文化研究センター教授。著書に『武士の家計簿』(新潮新書、2010年映画化)、近著に『歴史とは靴である』(講談社)。『感染症の日本史』(文春新書)など多数。テレビの歴史番組の司会なども務める。
「渉成園(しょうせいえん)で、ということであれば前向きに考えます」―講演依頼の返信メールに書かれていたこの言葉を目にした瞬間、あたりかまわず、小さくガッツポーズをしてしまいました。メッセージの主は、日本を代表する歴史学者の1人で、さまざまなテレビ番組にも出演されている磯田道史さん。当初から私は、徳川家康の生涯を描く来年の大河ドラマにちなんだ企画を京都で行うなら、磯田さんの講演以外はないと考えていました。一方で、多忙を極めているに違いない磯田さんにお引き受けいただくのは、ほぼ不可能だろうと覚悟もしていたのです。
こちらからオファーのメールを送る前に、会場としてまずは、徳川家が京都で深い関わりを持つ東本願寺をピックアップ。早速ご相談したところ、境内から歩いて数分の飛地境内地「渉成園」内にある「閬風亭(ろうふうてい)」の使用許可が下りました。そこで、ここを会場に想定しているとお伝えしながら、磯田さんにメールで依頼したのです。冒頭でもふれたご返信のなかには、年間約1,500件ある講演依頼のうち実際に受けるのは50件ほどで、民間企業からのものはほとんど受けていないというお話もありました。このことからも、今回実現した講演がいかに貴重な機会か感じ取っていただけるかと思います。
なお、講演タイトルである「京都で、家康を語る」は、磯田さんとの電話のやり取りのなかで、ご自身が発案されたもの。当日どんなお話が語られるのか、今から楽しみでなりません。
渉成園は、3代将軍・家光から東本願寺に寄進された約1万坪の土地につくられた、文人趣味にあふれる庭園です。そのなかほどにあるのが、磯田さんにご講演いただく、通常非公開の閬風亭。約80畳もの大広間には慶喜の直筆とされる「渉成園」の扁額が掛かり、東山の阿弥陀ヶ峰を借景とする麗しい庭園と池を一望できます。そんな豊かな歴史と風情が感じられる大書院での講演は、皆さまの知的好奇心を刺激する贅沢な時間となるに違いありません。
今回ご用意した、磯田さんの講演をお楽しみいただくツアーは、殊の旅と和の旅の2コース。そのどちらのコースでもご案内するのが、東本願寺の特別拝観です。東本願寺は、1602年に京都烏丸六条の土地を家康から寄進された教如上人が、豊臣秀吉の庇護下にあった本願寺とは別に創立したもの。約28,000坪の境内の中心は、世界最大級の木造建築で親鸞聖人の御真影(ごしんねい)を安置する御影堂(ごえいどう)と、御本尊・阿弥陀如来を安置した本堂にあたる阿弥陀堂です。旅では、これら2つに加え、境内奥に集まる非公開諸殿のうちの大寝殿(おおしんでん)、白書院(しろしょいん)、宮御殿(みやごてん)を僧侶の案内により特別に拝観いただけます。
大寝殿は、境内に現存する最古の建物で、公式行事や重要な法要儀式に使用されています。見どころは、京都画壇を代表する日本画家として明治から昭和にかけて活躍した、竹内栖鳳(たけうちせいほう)の手による大作障壁画。特に定評ある、生命力にあふれた雀たちを描いた作品は注目です。また、親鸞聖人650回大遠忌の際に再建された白書院は、来賓接待などに使用される建物。独創的な彫刻が施された欄間や、藤や牡丹などをあしらった障壁画は静かな品格を感じさせてくれます。もう1つの宮御殿は、旧大宮御所から移築された建物で、菊の御紋があちこちにあしらわれています。そのハイライトは、春、秋、冬の宮廷行事が艶やかに描かれた襖絵。紅色で統一された畳の縁と相まって、御所らしい優雅さを湛えています。さらに、和の旅では、同じく通常非公開の表小書院(おもてこしょいん)で、講演会のあとに精進料理の昼食をお召しあがりいただきます。
「殊の旅」では、2日目の午前に磯田さんの講演を聴いたあと、会場の閬風亭を東本願寺の方のご案内で拝観。明治天皇が御行幸の際に休憩された書院「嘉楽」もご覧いただけます。そして昼食は、京都で指折りの老舗料亭「木乃婦(きのぶ)」へ。伝統を大切にしつつ、時代に合わせた進化も感じさせる京料理をご満喫ください。
昼食後に訪れるのは、秀吉が奈良の東大寺にならって、大仏を祀るために創建した方広寺です。1番の見どころは、特別に僧侶の方にご案内いただく巨大な梵鐘と盧舎那仏坐像(るしゃなぶつざぞう)。梵鐘には「国家安康」「君臣豊楽」の銘文が刻まれており、これが家康の名を分断し豊臣を君主とするものだと家康から因縁を付けられ、大坂冬の陣とその後の豊臣家滅亡の引き金となりました。また、通常非公開ながら今回特別拝観を許された本堂内に安置されている盧舎那仏坐像は、かつてあった高さ約19メートルの巨大大仏の約10分の1の大きさで、江戸期につくられたもの。焼失と再建を繰り返した大仏の遺物として豊臣秀頼が再興した、2代目の台座の一部などが残されています。
「和の旅」の1日目の昼食は、秀吉がわらじを脱いで休んだといわれる場所であることから名付けられた「わらじや」へ。名物の鰻の雑炊「うぞふすい」をお楽しみください。食事のあとは、家康が側室の阿茶局(あちゃのつぼね)を開基として建立したといわれる上徳寺を訪れ、子授けのご利益で知られる世継地蔵などをご覧いただきます。
続いて向かうのは、家康の側近で幕政にも深く関わった以心崇伝(いしんすうでん)が、1605年に現在の南禅寺境内に移築した金地院(こんちいん)。徳川家にまつわる数々の見どころのなかでも特に印象的なのが、崇伝が家光を迎えたい一心でつくった枯山水庭園「鶴亀の庭」です。大名茶人にして作庭家の小堀遠州が設計したという確かな裏付けを持つ数少ない庭園で、深山幽谷のもと鶴と亀が向かい合う姿を表現しています。特別拝観でご覧いただける茶室「八窓席」も遠州の設計。外縁のあるにじり口が特徴で、京都三名席の1つに数えられています。また、小書院にある長谷川等伯の襖絵『猿猴捉月図(えんこうそくげつず)』も見事。水面に映る月を取ろうとする猿の姿は、教科書などで一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。さらに、家康の遺言によって建てられ、家康の遺髪と念持仏が祀られている東照宮もご案内します。