手塚雄二さん筆 『叡嶽双龍』。縦約6m×横約12mの巨大な天井板に直接描画するという類まれな作品
轟く雷鳴とともに、絡みあいながら天から舞い降りる2匹の龍。天井に描かれたその巨大な絵は、途轍もない躍動感に満ち、時空を超えた世界への誘いのようです。『叡嶽双龍(えいがくそうりゅう)』と名付けられたこの傑作に出あう日帰り旅へご案内しましょう。
徳川将軍家の菩提寺として知られる東京・上野の名刹「東叡山 寛永寺」。徳川幕府の安泰と万民の平安を祈願するため、寛永2(1625)年に、江戸城の鬼門(北東)にあたる上野の台地に建立されました。これは、平安時代に建てられた比叡山延暦寺が京都御所の鬼門に位置していたことに習ったもの。そこで、山号は「東の比叡山」という意味で「東叡山」とされました。後には、第4代将軍・徳川家綱の霊廟が造営され、将軍家の菩提寺を兼ねるようになりました。
また、東叡山主を皇室から迎えた(輪王寺宮)ことで、格式と規模において国内最大級の寺院として権勢を誇りました。最盛期の寛永寺の境内地は、現在の上野公園のほぼ全域に広がり、およそ30万5000坪にもおよんだといいます。しかし、幕末の戊辰戦争で敷地の大部分が没収、その後も関東大震災、太平洋戦争による被害など、受難の時代を乗り越えてきました。戦後には新たに霊園を造成し、都会にありながらも静寂を感じることができる、人々に開かれた寺院として親しまれています。
このような歴史ある寺院が創建400年を記念し、本尊を祀る根本中堂の天井絵を、現代日本画壇をけん引する画家・手塚雄二さんに依頼したのは、今から5年ほど前のことでした。
手塚さんは、日本美術院同人であり、東京藝術大学名誉教授、福井県立美術館特別館長を務める、現代屈指の日本画家です。当時、親交があり寛永寺貫首を務めていた浦井正明さん(故人)からの依頼に条件はなく、2人の会話のなかで描くものは龍にしようと決まったそうです。龍は空想の生き物ですが、仏教を守る神として崇められる存在。それまでに龍を描いたことがなかった手塚さんは、さまざまな資料をもとに、独自性のある龍の姿を模索し続けました。広い空間なので2匹の龍を描くことは早くに決まっていたそうですが、構図を練り上げ、原画である小下図から原寸大の大下図を起こし、天井画を完成させるまでにはおよそ5年の歳月がかかりました。
天井板を床に並べて、小下図から起こした大下図をもとに描いていく制作風景。全体像を見るために櫓が組まれ、細部まで何度も確認しながら作業は進んだ
この天井絵の特筆すべき点は、歴史的建造物の巨大な板に、直接描画するという類まれな手法が取られていること。手塚さんは、約400年の時を刻む古い天井板に、現代の日本画を直に描くということに大きな意味を見出したのです。使用されている墨は中国・明時代のもの。その上に白土(はくど)と呼ばれる白色顔料が塗られています。創作の過程では、描かれた絵から墨と白土を洗い落とし、再び描き入れる作業が行われました。作品に「時間」という厚みを加え、数百年先も「生きる」龍に命が吹き込まれました。
大和絵をはじめ、さまざまな画法が取り入れられた『叡嶽双龍』は、日本画の歴史を内包しています。手塚さんが全身全霊をかけて完成させた天井絵は、日本美術史に残る、稀有な作品として後世に受け継がれていくことでしょう。今回の旅では、僧侶の方の解説付きでご鑑賞いただきます。
また、寛永寺内の通常非公開域の2カ所を解説付きで特別拝観するのも見どころです。1つ目は、徳川歴代将軍御霊廟。寛永寺に埋葬されている6名の将軍(4代・家綱、5代・綱吉、8代・吉宗、10代・家治、11代・家斉、13代・家定)の霊廟のうち3名の廟所を参拝します。2つ目は、徳川慶喜謹慎の部屋「葵の間」。15代将軍慶喜が慶応4(1868)年2月12日から2カ月間謹慎した部屋です。慶喜は4月11日の江戸城無血開城を見届け、生家の水戸へ向かったといわれています。
寛永寺境内の中心にある根本中堂。入母屋造りの本瓦葺きは趣ある佇まい
天井絵が奉納された根本中堂内に安置されている仏像も案内付きで拝観します。中央の厨子に秘仏の薬師如来、その脇に日光・月光両菩薩が祀られ、須弥壇には、四天王像、十二神将像などの仏像が安置されています。現在の根本中堂は、江戸時代初期の建築ですが、明治12(1879)年に埼玉・川越喜多院の本地堂を山内子院の大慈院(現在の寛永寺)の地に移築したもの。元禄11(1698)年に現在の上野公園内の噴水広場の位置に建立されたもとの根本中堂は、慶応4(1868)年、戊辰戦争の際に消失してしまったのです。
通常非公開域となっている、寛永寺の徳川将軍御霊廟を特別参拝(写真は8代吉宗御宝塔)
鳥羽・伏見の戦いで敗れた15代将軍徳川慶喜が2カ月間謹慎した「葵の間」も通常非公開域
中央に秘仏の薬師如来が祀られている根本中堂の内陣
また、港区芝公園にある徳川家とゆかりのあるもう1つの寺院、「増上寺」を案内付きで参拝します。徳川家の菩提寺であり、山内の徳川将軍家墓所には、6名の将軍が祀られています。
天から人々を見守る『叡嶽双龍』に出あう1日を過ごしてみませんか。令和の天井絵完成という、記念すべき時を体感してみてはいかがでしょう。