日本百名山の巻機山(まきはたやま)を眼前に望む絶景の露天風呂、旬の地産食材や伝統の発酵食文化で紡ぐガストロノミー、そして古民家を移築・再生した風情に心奪われる隠れ宿が新潟県・魚沼の大沢山温泉郷に佇む「里山十帖」です。
独自のこだわりで旅人を虜にするその魅力を、添乗員の江頭啓太郎が語ります。
私は2年前の夏にはじめて添乗員として「里山十帖」を訪れたのですが、女将や仲居さんがかいがいしく気を配る従来の宿の常識を超えて、魚沼の多彩な魅力を発信するメディア(媒体)としてのスタンスにすっかり共感してしまいました。
そもそも「里山十帖」は、雑誌社「自遊人」のクリエイティブディレクター・岩佐十良さんが、総欅、総漆塗りの豪奢な建物と露天風呂の絶景に一目惚れして、廃業予定だった温泉旅館を引き取って再興した宿なのです。“古い家も断熱すれば快適に生まれ変わる”との想いで、骨組みと重要な壁を除いて解体し、天井から壁、床下にいたるまで断熱を徹底的に施してリノベーションされました。古民家を活かした宿は全国各地にありますが、職人技で風雪に耐えるべく堅牢に仕上げられた新潟の建物を移設したものが多いそうです。「里山十帖」では、あえてスリッパは置いていません。素足で感じる床板の触感・温度感を通して、この地の季節や風土、建築文化を直に感じ取って欲しいという想いからです。
旬の地産食材を活かしたガストロノミーをうたう宿やレストランは数多くありますが、料理長の桑木野恵子(くわきのけいこ)さんが腕を振るう自然派日本料理は以下に紹介する「里山十帖の料理十条」という考え方に基づいています。コース内容は、日本の暦に逆らわない二十四節気七十二候に合わせて変わるため、訪れるたびに新しい感動があります。ご案内する時候には、春を迎えて一斉に芽吹いた山菜料理も満喫していただけるでしょう。
メインにも、心躍ります。新潟・魚沼といえば日本有数の米どころ。魚沼のなかでも南魚沼、さらに「里山十帖」がある大沢地区のお米は評判のおいしさです。食事時には、この珠玉のコシヒカリのご飯が、まず、芯が残っている煮えばな(アルデンテ)で供されます。最もお米が甘く感じられるこの状態をテイスティングするように味わった後に、蒸したモチモチのご飯を満喫いただけます。
雪国ならではの発酵・保存食にも唸らされました。白身魚を熟成させたひと皿をいただいたのですが、旨みがじんわりと染み入ります。雪の中で熟成させることで身が柔らかく、脂も酸化しないので旨みが増すのだそうです。コシヒカリ、山の恵み、伝統野菜、発酵・保存食、地元の銘柄豚や短角牛、そして日本海の幸……。「里山十帖」は、この地の豊かな食文化を発信するメディアでもあるのです。
心づくしの食に加えて、私の1番のおすすめは露天風呂です。ここから見晴らす絶景は、季節を問わずたとえようがありません。泉質は、化粧水のようなトロトロ湯。屋根も設けていないので、時とともに移ろう天空の眺めを独り占めしているような気分に浸れます。
食器や客室のインテリア、家具にもこだわりが尽くされており、制作者の名前は「里山十帖」のホームページで公開されています。「このデザイナーの作品好きなんだよね」などと自分の感性で旅時間を楽しむ、新たな体験となることでしょう。