目的地へと急ぐでもなく、豪華さを競うでもなく。ゆったり、のんびりと思い出を紡ぎゆくひと時の、なんと優雅で贅沢なことでしょう。それぞれの想いを叶える列車旅をどうぞ。
最初にご案内するのは、東シナ海や不知火海の移りゆく景色を車窓から愛でながら、コトコトと各駅停車で行く列車旅です。お供するのは、肥薩おれんじ鉄道が運営するレストラン列車「おれんじ食堂」。20名限定という貸切りならではのゆとりとともに、美食を満喫できるとあって、七月開催のツアーは発表後1カ月に満たないうちに予約が満席に。ご好評にお応えして、再度、設定する運びとなりました。そのノスタルジックでスローな列車旅の魅力を誌上体験していきましょう。
秋も深まる九州西海岸の朝。期待とともに川内(せんだい)駅のホームに目をやると、佇んでいるのは東シナ海をイメージしたかのようなブルーボディが鮮やかな「おれんじ食堂」の2両編成車両です。「ポォ~ン」という発車音を合図に、いよいよ約4時間にわたる列車旅のはじまりです。
「おれんじ食堂」の隠れた魅力は、寄り道するかのようにのどかな風情が漂う各駅に停車するひと時です。薩摩高城駅では、東シナ海を望む浜辺まで散策。いくつかの停車駅では、地元の方によるおもてなしや、特産品の販売に心躍ります。また、デザイナーの水戸岡鋭治さんが手がけた阿久根駅や水俣駅の駅舎も見逃せません。
最大のお楽しみは、食堂列車の常識を超えるようなフランス料理のランチです。料理を監修するのは、薩摩川内「S CUBE HOTEL by SHIROYAMA」の料理長・林良彦さん。出水産のトマト・カニ・レタス、長島産のジャガイモ、薩摩八重ファーム豚といった、地元沿線の旬の食材を絶妙に活かしたメニューは、「おれんじ食堂」でしか味わえない1品ばかりです。ふと、車窓の先に目をやると麗しい海辺の景色。“食堂”という名を冠した、その誇りと気概を改めて実感いただけます。
美食を堪能いただいたあとは、紅葉の秋色に染まる高千穂峡で、真名井の滝や、美しい渓谷をのんびりと散策。宿泊先は、高千穂の名宿「旅館 神仙」です。ご案内する旅では、日本の美と贅が感じられるプライベートな別邸や離れをご用意しました。
「アルプス一万尺 小槍の上で アルペン踊りを さぁ踊りましょ♪」……子どもの頃に口ずさんだあの歌のワクワク感を思い起こしてくれる観光列車が、「一万三千尺物語」です。富山駅から新潟県境近くの泊駅間を往復する、この列車旅の魅力を紹介していきましょう。
「一万三千尺物語」は、カウンター席とボックス席の1号車、 厨房・売店がある2号車、ボックス席の3号車からなる3両編成。氷見(ひみ)の森林で育った「ひみ里山杉」を天井や床、テーブルなどにあしらった車内インテリアに心癒されます。走りゆくほどに目を奪われるのは、3,000メートル級の山々が連なる立山連峰と、水深約1,000メートルの富山湾、そして富山平野ののどかな田園風景が織り成す息を呑むような絶景です。トンネル区間が多い新幹線では叶わない、ダイナミックな車窓風景をお楽しみください。
もう1つの醍醐味は、列車に寿司職人がスタンバイし、富山湾鮨をその場で供するひと時です。日本海に分布する約800種類の魚介類のうち、実に約500種類が生息するという富山湾は、“天然の生簀(いけす)”。特産の白えびに加えて、10月はアオリイカ、カマス、紅ズワイガニなどがまさに旬。その豊饒なる海の幸をご満喫ください。
海の幸と絶景に酔いしれたあとは、標高約2,000メートルに佇む雲上高原リゾート「弥陀ヶ原(みだがはら)ホテル」で、寛ぎの旅時間をどうぞ。夜には満天の星に加え、富山平野の夜景を一望することも。早朝には、天候条件がそろった時にだけ現れる、雲海の幻想美を目の当たりにできるかもしれません。この旅では、越中八尾も訪問。お食事の会場に踊り手を招き、哀愁漂う「おわら風の盆」の舞を貸切りで鑑賞するひと時もご用意しました。
最後にご紹介するのは、自然、歴史、温泉など、さまざまな魅力に彩られた四国の地を、それぞれの旅の想いとともに発見していける3つの列車旅です。
伊予大洲駅と松山駅をつなぐ「伊予灘ものがたり」は、伊予灘の夕日を連想させる“茜色”が映える外観も美しい観光列車。瀬戸内海沿岸を走りゆき、穏やかな伊予灘の景色をゆったりと堪能します。オリジナル商品の車内販売などの魅力もいっぱいです。
四国山地のなかを走りゆく「四国まんなか千年ものがたり」は、近くの野や山で楽しく遊んだ「遊山(ゆさん)」をイメージしつつ、大人の楽しみとしてアレンジした列車旅。沿線には、平家落人の秘話や秘境の祖谷(いや)地方など、1000年を超える歴史的な文化や吉野川のダイナミックな景観が。はるか昔に想いを馳せながら、四国の魅力を再発見していきましょう。
そして、「志国土佐 時代(とき)の夜明けのものがたり」は、高知駅から牧歌的な田園風景や青く広がる太平洋、そして険しい山々など、幕末において坂本龍馬が脱藩へと急いだ道程に、その旅程を重ねました。土佐の歴史とともに走り抜ける列車旅をご満喫ください。
ご紹介した3つの列車旅で思わぬ感動を誘ってくれるのが、沿線住民の温かなおもてなしです。列車の通過時間をはかったように、線路わきには大きな旗や手を振ってくれる住民の姿を目にします。笑顔にあふれる地元の人々との一期一会は、列車旅のかけがえのない思い出になることでしょう。
のんびり、ゆったりと列車で走りゆくほどに、駆け足の旅では目に留まらなかったその地の景色や文化の香りが、鮮やかな記憶として心に刻まれるに違いありません。