[ 特別コラム ]

国境を超えた船への愛情と、
クルーズの未来と

「飛鳥Ⅲ」誕生物語

企画=クルーズ担当 文=井上智之
  • イメージ イメージ 感動的なフラッグチェンジ。郵船クルーズからは機関部門、サービス部門の若手が担った

産みの苦しみに苛まれるほどに、たとえようもなく湧きあがる生誕の歓び。それは、客船とて例外ではない。ここに編んだのは、郵船クルーズにとって34年ぶりの新造客船「飛鳥Ⅲ」の開発背景と建造過程を縦糸に、幾多の苦難を乗り超えたプロジェクトメンバーの情熱、そしてマイヤー造船所との絆を横糸に紡いだ誕生物語である。 

この7月20日から、オープニングクルーズを開始した「飛鳥Ⅲ」。堂々と華やかに、未来の大海原を目指す淑女の船出に乾杯しようではないか。

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ドイツの空に日本の旗をなびかせ、「飛鳥Ⅲ」誕生

2025年4月10日。その日、ドイツ北西部の港湾都市・エムデンは春と呼ぶにはまだ肌寒かったものの、エムス川・河口にある港に係留された新造客船は、希望の陽光に照らされたような雰囲気に包まれていた。日本のクルーズ文化を先導してきた「飛鳥」の第3世代「飛鳥Ⅲ」が、マイヤー造船所から郵船クルーズへと引き渡される日がやってきたのだ。「調印式」が和やかに行われたのち、デッキ上ではクライマックスのフラッグチェンジ(国旗交換)がはじまろうとしている。

思い起こせば、建造を開始したのは2023年9月のこと。「スチール・カッティング」の儀式に身の引き締まる思いをした、あの日。はじめて水に浮かんだ幼子のような姿に思わず声援を送った「進水式」の、あの瞬間。幻想的な朝霧のなかエムス川を航く雄姿に心震え、地元の人々が沿岸で声援を送ってくれた「コンベイヤンス(川下り)」の、あの光景……。列席者は、それぞれの胸に去来する思い出に浸りながら、その時を待っている。

そして、『ドイツの歌』の調べに乗ってドイツの旗と造船所の社旗が降ろされるとともに、『君が代』が厳かに流れるなか、日本の旗と郵船クルーズの社旗が高らかに掲げられた。風になびく2つの旗を万感の想いとともに見守っていた1人が、プロジェクトを取りまとめてきた歳森(としもり)部長である。

「慣習に従い、フラッグチェンジは若手に任せたのです。新世代の人たちが担っていく新世代の日本船が、ついに誕生したのだと思うと、涙を抑えることができませんでした」

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  • イメージ 「まさに子どもが生まれた瞬間のようでした」と歳森部長が述懐する「進水式」
  • イメージ イメージ 早朝から濃霧が立ち込めるなか、「コンベイヤンス」ではさまざまな運航テストが行われた
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次代のクルーズを牽引していくために、「飛鳥Ⅲ」プロジェクト始動

1991年に初代が就航して以来、「飛鳥」は日本が誇る豪華クルーズ客船の象徴であり続ける。しかしながら、メガシップやスモールラグジュアリーシップというように客船が多様化するとともに、日本発の中型客船としてさらなる価値向上が急がれていた。そうしたなか、「飛鳥」の“伝統継承と進化”を目指し、2020年に始動したのが「飛鳥Ⅲ」プロジェクトだった。

約30名のメンバーは、お客さまや乗組員の声、社員の意見を参考にしながらプランを練りあげていったものの、いかんともし難かったのは経験知であった。「飛鳥Ⅱ」にしても、海外籍の客船を日本向けに改装したもの。まったくの新造客船となると、初代「飛鳥」以来、実に34年ぶりだったのだ。

歳森部長は、当時の様子を懐かしそうに振り返る。「誰も経験者がいないなか、本当に手探り状態でのスタートでした。しかも多くのメンバーは飛鳥Ⅱの業務も兼務していたので、目の回るような忙しさでした」

加えてもう1つの懸念は、直接のコミュニケーションが取りづらい、海外の造船所に新造を委ねたことだ。幸いだったのは、マイヤー造船所というパートナーにめぐり合ったことだろう。この造船所は1795年に創業し、現在、世界最大規模の屋内造船ドックを有している。そんな老舗造船所がプロの誇りともに、プロジェクトメンバーの想いやこだわりを真摯に受け止め取り組んでくれた。責任者のアルトゥ・コレペラさんは事前に日本を訪れ、その文化やおもてなしの心を知ることから建造に備えたという。

「飛鳥Ⅲ」は、船をこよなく愛する者同士が、国境を超えてカタチにした共作なのだ。

  • イメージ 200年以上の歴史を重ね、世界最大規模の屋内造船ドックを有するマイヤー造船所
  • イメージ 環境対応として、LNGを含めた3種類の燃料に対応するエンジンを搭載
  • イメージ イメージ 完成となった「飛鳥Ⅲ」とともに、マイヤー造船所と郵船クルーズ一同で記念撮影
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伝統を受け継ぎながら、想像を超えて進化を遂げた「飛鳥Ⅲ」

「船主であると同時に運航会社でもある私たちのノウハウとこだわりを、できるだけ盛り込みました」と、歳森部長は胸を張る。なるほど「飛鳥Ⅲ」には、“最幸の時間”をお客さまに提供するコンテンポラリーな設備・機能とサービス品質に満ちている。

その1つは、食事時間など船上での過ごし方をお客さま自身で設定できるサービスの選択性だ。衛星通信サービス「Starlink」のアンテナ8基と、一部客室に書斎を備えたワーケーション環境も、ポストコロナ時代にふさわしい進化だろう。船旅の合間に仕事をこなすことも、思いのままだ。また、日本を代表する作家のアート作品群も、装飾である以上に“知のウェルネス”として欠かせないアイテムだった。

「飛鳥」ならではの和のおもてなしを象徴するのが、「風呂文化」へのこだわりだ。客室は、すべてバスタブ付き。朝日や夕日、星空や月光を満喫できる12階のデッキには、大浴場と露天風呂を配した。これには、日本文化をリスペクトするマイヤー造船所のスタッフ陣も、「船内一の絶景スポットに、本当にバスをつくるのか!」とさすがに唖然としたという。

  • イメージ 日本画家・平松礼二さんの作品が迎えるフランス料理レストラン「ノブレス」
  • イメージ 千住博さんのフレスコ画『ウォーターフォール・オン・カラーズ』などアートを見ながら寛げる「ギャラリーカフェ」
  • イメージ イメージ 函館・小樽への船旅を皮切りに、全国30港をオープニングクルーズ中の「飛鳥Ⅲ」
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母なる港・横浜から7つの海へ進み航く

この6月2日、早朝。人々が待ちわびるなか、横浜ベイブリッジの向こうに純白の装いも眩い「飛鳥Ⅲ」が姿を現した。大歓声があがるとともに、横浜港大さん橋国際客船ターミナルに近づいた刹那、消防艇が水のアーチを描き、歓迎セレモニーは最高潮に達した。

横浜を母港として「飛鳥Ⅲ」は、7月20日からオープニングクルーズを開始。やがて、7つの海へと進み航くはずだ。そんな「飛鳥Ⅲ」にとって、もう1つの母なる港は、紛れもなく生を受けたエムデン港である。「感謝の想いとともに、ビュッフェの名はエムス川にちなんだ「エムスガーデン」にしました」と、歳森部長は微笑む。

歓喜に包まれた横浜入港の報に、遠くマイヤー造船所の人々も肩を叩き合ったことだろう。

  • イメージ 建造と航海の安全を祈る「キール・レイイング セレモニー」
  • イメージ セレモニーの時に使われたラッキーコイン
  • イメージ イメージ 「調印式」を終えた安堵とともに歓喜に浸る(前列左から5番目が歳森部長)
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