ご好評いただいているアンコール遺跡貸切晩餐会。アンコール遺跡群を管理するカンボジアの国家機関、アプサラ機構より再び特別な許可を受け、来年も、この幻想的な一夜をお楽しみいただくことができることになりました。世界遺産を舞台に、洋食のコース料理とともに堪能いただく煌びやかな舞い。アンコール王朝から受け継がれる舞踊の歴史や、ステージのハイライトともいえるアプサラダンスの魅力について、カンボジア古典舞踊家の山中ひとみさんの話を交えながらご紹介します。
魅惑の1夜の舞台となるのは、世界遺産であるアンコール遺跡群の1つ、トマノン遺跡です。日没後、アンコール遺跡群のなかでも保存状態の良さで知られるこのヒンドゥー教寺院を特別にライトアップ。夜の闇に浮かび上がる幻想的な遺跡を舞台に、晩餐会が行われます。食事は、遺跡内に設けた厨房で調理される洋食のコース。味はもちろん、盛り付けも器もレストランと遜色ない見事なもので、目も舌もご満足いただけることでしょう。
そして、この格別な一夜を盛り上げてくれるのが、一流のダンサーたちによる伝統舞踊です。カンボジアの舞踊にはさまざまな種類があり、まず晩餐前のカクテル・レセプションで披露されるのが、知恵と繁栄への願いが込められた舞い。食前には祝福の舞いを鑑賞いただきます。食事中も、伝統武術の舞い、扇の舞い、アリ狩猟の舞いと、多様な舞踊をお楽しみください。
そして最後を飾るのが、華麗なアプサラダンスです。「アプサラ」とは、サンスクリット語で「天女」のこと。カンボジア建国神話のなかで不老不死の霊薬アムリタをもって現れたのがアプサラで、アンコール遺跡のレリーフでもお馴染みです。過去の晩餐会では、煌びやかな装身具をまとった天女が遺跡から登場する演出に、お客さまたちから歓声が上がりました。
カンボジアの伝統舞踊を伝える日本人舞踊家の第1人者、山中ひとみさんによれば、現代のアプサラダンスは、1960年代、「カンボジア独立の父」と呼ばれたシハヌーク元国王の母君、コサマック王妃が、遺跡のレリーフをもとに新しい古典舞踊として復興させたものだそうです。それを王立舞踊団のプリマドンナだった孫の王女が踊り、広く知られるようになりました。
では、なぜ古典舞踊を“新しく”つくる必要があったのでしょう。アンコール王朝を起源とするカンボジアの古典舞踊は、宮廷での宗教儀式の際に神々や王に奉納されるものでした。しかし、タイのアユタヤ王朝の侵攻で王朝が滅びると、舞踊は断絶の危機に陥ります。それを19世紀、フランス統治下でアンドゥオン王が再興、コサマック王妃が発展させたのです。ポル・ポト政権下での危機も乗り越え、2003年には世界無形文化遺産に登録されました。「1度消えかけた文化を民族の誇りをかけて復興させた。この意義は大きいと思います」と山中さん。
この国の舞踊が表すのは、アニミズムやヒンドゥー教、仏教に基づくクメール民族独自の宇宙観です。特に手の動きに意味があり、アプサラダンスでもそれは顕著。たとえば、種を植える→芽が出る→葉が出る→蕾ができる→花が咲く→実がなる→実が弾けて落ちる、という命の循環も手と指で表します。「生や死をテーマにしつつ、明るい面に焦点を当てるのが特徴」と山中さん。タイ舞踊との比較で、こうも語ってくれました。「両国の寺院を比べると、鮮やかなタイの寺院に対し、カンボジアの寺院は抑えた色彩です。踊りも同じで、明るく華やかなタイの舞踊に対し、手の動きにも体の中心の力を使うカンボジアの舞踊は抑制された印象を与えます。自らの内に意識を向けながら外を見る舞いともいえるでしょう」。
知るほどに奥深いカンボジア古典舞踊。遺跡を舞台に舞う踊り手を通して、この国の舞踊がたどった歴史に想いを馳せてはいかがでしょうか。